2011年2月01日(火) | by 管理人 土着の「流儀」を観光資源に―たけのスタイル― はコメントを受け付けていません

着実な拡がり

町をあげてスタートした「たけのスタイル」の取り組み。最初からすんなりと受け入れられたわけではなかった。これまで海の人間と山の人間が一緒に協力して、何かを行うことがなかっただけに、意見がまとまらないことも多かったという。それでも地域のためになるならと、協力者は日に日に増えていった。

体験風景体験メニューをガイドしてくれるのは、竹野で生まれ育った地元の人々。メニューは全て地産地消にこだわり、自分たちの得意分野が活かせるため、サービスを提供する側も活気が出てきている。

観光協会ではかつて盛んだった塩作りを復活させようと、塩工房を浜辺にオープンさせた。この工房は、会員らが手作りで建てたもので、倉庫を改修した小屋に、レンガで積み上げられた塩たき釜が設置されている。海水から作り上げる塩は独特の甘みがあり、この塩で握ったおにぎりの味に感動したと体験者の評判も上々だ。

一番の目的である修学旅行や自然学校の問い合わせも増えている。評判を聞きつけて、神戸の児童120名が「たけのスタイル」の干物作りを体験した。

「今までにない大人数だけに明け方近くまで準備に追われて大変でしたが、生徒からお礼の感想文に励まされました。干物の作り方を家族に教え、自分で作った干物を美味しいと食べてくれたと書かれていました。自然の中で体験する子どもたちは、みんな笑顔になっています。もちろんやっている私たちも。竹野がひとつになってきたと実感しています」。

地域の魅力に新しい価値を付加して始まった「たけのスタイル」の取り組みは、着実に竹野ファンを増やしている。

たけのスタイルの波及と今後の課題

体験する女性地域の人が自ら考えて行動し、地域の価値を創造する「地域力再生」。「たけのスタイル」の活動は思わぬ波及効果を生んでいる。

商工会では民宿の主人たちが中心となって、ご当地料理「竹野おしあげ料理」を開発した。「おしあげ料理」とは、5月末の底曳き網漁が終わった後、網元が料理を振る舞って漁師を労ったことが起源。郷土の伝統料理を復活させようと、料理講習会を何度も開き、試行錯誤を重ねて新たなメニューとして売り出した。オフシーズンこそ旨い魚が揚がることを知ってほしいと考案された料理だ。

体長1メートル、体重20キロもある赤イカをメインに、竹野でとれた食材、竹野で作られた調味料で味付けされている。お客さんの評判も上々で、竹野の新名物として定着しつつある。この他にも、誕生の塩を使用した「赤イカ塩焼きそば」を開発し、今後協力店を随時増やしていくそうだ。

さらに、「北前館」では塩まんじゅうや塩ようかんなど、竹野らしさを追求した商品を販売。地域の魅力を発信する輪が広がりをみせている。

「たけのスタイル」もまた、将来の展開に向けて動き出している。山陰海岸ジオパークが世界認定された今、海外からの観光客やアクティブシニア世代もターゲットにおいて、「たけのスタイル」に磨きをかけていくそうだ。

「但馬には3つの武器があると思っています。1つは『知られていないこと』。まだまだ世間に知られていない地域資源が埋もれています。2つめは『環境』。エコな時代に豊かな自然は大きな武器です。最後は『笑顔』。三重県の視察団を出石に案内した時、部活動でランニングをしていた高校生から大根を自転車に乗せたおばちゃんまで、あいさつすることに感動されていました。たけのスタイルでもそうですが、地域に根付いたサービスやもてなしをすることが一番重要なんです。今後もどんどん地域の情報を発信していきたいと思います」と、世良さんは最後に語ってくれた。

いくら優れた資源があったとしても、それを宣伝する人、企画を立てる人、提供する人がいてこそ、地域の魅力が発信される。「たけのスタイル」の取り組みは、まさに地域が一体となったからこそ、成果に繋がり始めたのではないだろうか。

北前船の寄港地として各地から人や物が集まった港町に、全国、海外から今また人が集まろうとしている。

 

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